VaR(バリューアットリスク)はリスクマネジメントにおいて解釈が容易であることから多用されるリスク尺度ですが、整合的リスク尺度でないという観点からリスク尺度として不適当であるという指摘があります。本記事ではVaRが整合的リスク尺度でないことをわかりやすく解説します。
VaR(バリューアットリスク)が整合的リスク尺度でないことを解説
ファイナンスの理論では、異なる2種類の金融商品を組み合わせたポートフォリオのリスクは、それぞれの金融商品のリスクの単純な和以下になるとされています。
このことは、リスクとして金融商品のリターンの標準偏差(あるいは分散)を採用すると、現代ポートフォリオ理論により数学的に証明することができます。
このことは以下の記事において解説しています。
従って、リスクという抽象的な概念を確率変数に対して適当な実数値を定める写像\(\rho \)としてモデリングすると、
\begin{align*} \rho (X + Y) \leq \rho (X) + \rho (Y)\end{align*}
という劣加法性の条件は満たしていてくれないと、そもそもリスクの尺度だと思いにくいわけです。
VaRはリスクの尺度として非常によく用いられますが、VaRはこの劣加法性の条件を満たさないことがわかります。
そのため、リスクの尺度としては不適当であるという批判がされています。
本記事では、リスク尺度として良い尺度は何かということについて確認した後、VaRが良い尺度ではないことを確認します。
整合的リスク尺度の定義
リスク尺度として良い尺度が何かを定めましょう。適当な確率空間での話であるとします。
確率変数\(X\)をランダムな損失額だと思うと理解がしやすいと思います。
\(\mathfrak X\)を確率変数全体の集合とする。
\begin{align*} \rho : \mathfrak{X} \rightarrow \mathbb R \end{align*}
を\(\mathfrak X\)上のリスク尺度という。
次に、様々な種類のリスク尺度を考えてみましょう。
\(\mathfrak X\)を確率変数全体の集合とし、\(\rho\)を\(\mathfrak X\)上のリスク尺度とする。
\begin{align*} X \leq Y \quad (a.s.) \Rightarrow \rho(X) \leq \rho(Y) \end{align*}
を満たす時、単調なリスク尺度であるという。
単調性は、損失額が大きいものに対しては大きなリスクを定めることの数学的表現です。
\(\mathfrak X\)を確率変数全体の集合とし、\(\rho\)を\(\mathfrak X\)上のリスク尺度とする。
\begin{align*} \rho(\lambda X) = \lambda \rho (X) \quad (\forall \lambda \geq 0) \end{align*}
を満たす時、非負斉次的なリスク尺度であるという。
非負斉次性は、損失額が定数倍されると、リスクも定数倍されることの数学的表現です。
非負斉次性から直ちにわかることとして、
\begin{align*} \rho (0) = \rho(0 \dot X) = 0 \rho (X) = 0 \end{align*}
より、確実に損失も利潤もうまないもののリスクは0です。
\(\mathfrak X\)を確率変数全体の集合とし、\(\rho\)を\(\mathfrak X\)上のリスク尺度とする。
\begin{align*} \rho(X + c) = \rho (X) + c \quad (\forall c \in \mathbb R) \end{align*}
を満たす時、平行移動に関して共変的なリスク尺度であるという。
平行移動共変性は、確定的な損失(あるいは利潤)が発生するものをポートフォリオに組み入れると、同じ量のリスクが足し引きされることの数学的表現です。
非負斉次性と平行移動共変性から、任意の\(c \in \mathbb R\)に対して
\begin{align*} \rho (c) = c \end{align*}
が従います。このことは、非負斉次性と平行移動共変性を満たすリスク尺度は自動的に、確定的な損失額がそのままリスクの値になるということです。
\(\mathfrak X\)を確率変数全体の集合とし、\(\rho\)を\(\mathfrak X\)上のリスク尺度とする。
\begin{align*} \rho(X + Y) \leq \rho (X) + \rho(Y) \end{align*}
を満たす時、劣加法的なリスク尺度であるという。
劣加法性は、ポートフォリオのリスクが個別のリスクの単純な和以下になるということの数学的表現です。
\(\mathfrak X\)を確率変数全体の集合とし、\(\rho\)を\(\mathfrak X\)上のリスク尺度とする。
単調性・非負斉次性・平行移動共変性・劣加法性を満たすリスク尺度を整合的リスク尺度という。
整合的リスク尺度がすなわち、最低限リスク尺度として採用してもよいなと思えるリスク尺度です。
VaRの定義
まず初めにVaRの定義について確認しておきましょう。
\(X\)を確率変数とする。
\begin{align*} VaR(\cdot ;X) : [0, 1] \rightarrow \mathbb R \end{align*}
を、
\begin{align*} VaR( a ;X) = \inf \{x \mid a \leq P(X \leq x) \} \end{align*}
により定め、これを確率変数\(X\)のVaR(バリューアットリスク)という。
VaRが劣加法性を満たさないこと
VaRが劣加法性を満たさないことを示すために、反例を挙げることにします。
状態に応じてランダムな損失額を発生させる対象が2種類存在する以下の表のような状況を考えます。
99%バリューアットリスクを考えることにしましょう。
発生確率 | 90% | 1% | 8% | 1% |
状態 | 1 | 2 | 3 | 4 |
確率変数Xの値 | 0 | 20 | 30 | 80 |
確率変数Yの値 | 0 | 80 | 30 | 20 |
確率変数X+Yの値 | 0 | 100 | 60 | 100 |
\begin{align*} VaR( 0.99 ;X) &= \inf \{x \mid 0.99 \leq P(X \leq x) \} = 30 \\ VaR( 0.99 ;Y) &= \inf \{x \mid 0.99 \leq P(Y \leq x) \} = 30 \\ VaR( 0.99 ;X+Y) &= \inf \{x \mid 0.99 \leq P(X +Y \leq x) \} = 100 \\ \end{align*}
であることから、
\begin{align*} 100 = VaR( 0.99 ;X+Y) > 30 + 30 = VaR( 0.99 ;X) + VaR( 0.99 ;Y) \end{align*}
であるので、劣加法性が成立しないことがわかります。
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